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ああ、加越線 ブログトップ
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10/2 庄川水資料館「あの頃加越線がはしっていた」展にて鉄道模型運転会を開催しました [ああ、加越線]

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砺波市庄川町、庄川水記念公園にある庄川水資料館(アクアなないろ館)。

 

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こちらでは、9/10~10/10の1か月間「あの頃加越線がはしっていた」展が開催されていた。
2014年秋以来、2度目となる。この2年間で新たに集まった新資料などを交えての展示になった。

 

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その会場で、去る10/2(日)にささやかな鉄道模型運転会を開催した。

 

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南砺市・法林寺温泉にてジオラマ展示中。3月8日まで。 [ああ、加越線]

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富山県南砺市・福光の町から金沢市街地へ抜ける道の途中に、隠れた温泉宿がある。
法林寺温泉という、源泉かけ流しの天然温泉だ。

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本日・3月1日より、井波・福光・城端と金沢駅を結ぶバス路線が誕生した。
「険道」だったものを改良し、南砺地域と金沢を最短ルートで結ぶことができるようになったのだ。

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これを記念して、「加越線資料保存会」の木本氏が講演会を開催した。
かつてこのバスルートと同様な道のりに鉄道を敷設しようとした話、加越線の話、そして今春開業の北陸新幹線は「この男の一言から始まった」とされる元砺波商工会議所会頭・岩川毅氏の熱意についてという3部構成であった。

 

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庄川水資料館にて加越線資料展開催中。10/19まで。 [ああ、加越線]

しばらくお休みをいただいておりました。
ブログの記事に使えるネタが結構溜まっておりますが、しばらくの間は時系列を無視してご紹介することといたします。
(今後のブログネタの一例)
・神岡濃硫酸倶楽部主催、富山地鉄クハ173号撮影会
・宇奈月モーツァルト音楽祭
・くろべフェアでの大規模展示

以下本文

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砺波市庄川町、庄川峡の入り口にある庄川水記念公園。
その一角に、庄川水資料館という博物館がある。

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ここでは現在、かつてこの地を走っていた加越能鉄道加越線の資料展示が行われている。
「あの頃 加越線が走っていた」というタイトルで沿線各地を巡回していた企画展示の集大成ともいえる、大規模なものである。

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今回はその展示の様子や、くろてつの会が行った展示協力についての話題をお伝えしたい。

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福野駅に見る加越線の名残+新たに発見された資料公開 [ああ、加越線]

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城端線を訪ねたきっかけは、加越線資料保存会のK氏が新しい資料を手に入れたと聞いたからである。
待ち合わせ場所の最寄り駅は福野駅。ここは加越線と城端線が接続していたことで知られている。

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城端方面ホームの向こう側、川田工業株式会社の敷地になっている場所が加越線ホームのあった場所。
現存しているJRの駅舎と跨線橋で繋がっていた。

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ついに発売「加越線廃線 41年後の風景」 [ああ、加越線]

私もメンバーとして参加している「加越線資料保存会」。

当時の事を知らないどころか、現地民でもない私ですが、会の皆さんは色々な事を教えてくださいますし、
非地元民の目線も新鮮らしく新たな発見につながることもあるとかないとか。

なお、先日より加越線関連の記事を新カテゴリ「ああ、加越線」に移動いたしました。私の見た「加越線」、今一度お読みいただけると幸いです。

 

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そんな加越線資料保存会の会員・今井春継氏が撮影・執筆なさった本

「加越線廃線 41年後の風景」

が、このたび発売となりました。
本をお送りくださった保存会の木本氏にはこの場をお借りしてお礼申し上げます。

 

 

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庄川・井波、加越線の今・・・展示写真と現地を比較 [ああ、加越線]

先日開催されていた、「あの頃 加越線が走っていた展」。
その会場に展示されていた写真を、現在のほぼ同じ場所から撮影した写真と比較して見ることにしました。

10月発売予定の「加越線廃線 41年後の風景」に詳しく紹介されていますが、こういう「定点比較」は個人的にもやってみたいものです。

展示されていた写真、今年5月・9月に撮影した写真の順に掲載しております。

 

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加越線の終点・庄川町駅。 機回し線の末端部が道路の前で途切れていますが、ダム建設が盛んだった時代はこの先まで貨物用の線路が伸びていたそうです。

 

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庄川町駅跡の現在。 私が加越線の廃線跡を辿ろうとして、初めて訪ねた場所でもあります。
サイクリングロードの部分が線路跡で、左手にあった庄川町駅舎は取り壊され住宅地に、車庫のあった構内の部分は道路になっています。右手に見える農協の施設は当時からこの辺にあるようです。

 

 

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あれから41年・・・旧井波駅、「あの頃 加越線が走っていた展」 [ああ、加越線]

今年の「中秋の名月」は、9月19日でした。この時期の満月は1年で一番美しいと言われています。
加越能鉄道加越線が廃止になった41年前、1972年の「中秋の名月」は、9月23日だったとか。
1972年9月15日で廃線となった加越線。職員さんの多くは全く畑違いの転職先でその日を迎えられたことでしょう。そして役目を終えた気動車たちは、関東鉄道ほか転籍先へ旅立つ日を待ちながら、その日を迎えたことでしょう。

あの時の元職員さん達は、移籍を待っていた気動車達は・・・中秋の名月を、どのような気持ちで見つめていたのでしょうか。

 

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9月21日から23日まで、井波の市街地では「寺のまちアートinいなみ2013」が開催されていました。
木彫り彫刻の里・井波をアートで彩る、芸術の秋に相応しいイベントです。

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その傍ら、かつての井波駅舎にて加越線資料保存会の有志が「あの頃 加越線が走っていた展」を開催しておりました。

9月23日、この日は私が展示スタッフの当番を任されている日です。

 

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資料保存会の呼び掛けにより集まった加越線の写真・資料を一堂に展示する3日間。新たに発見された写真もあり、昨年の展示をご覧になった方々にも楽しめる内容となっておりました。

 

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その中で、私は加越線のNゲージ車両を運転展示することとなりました。
「加越線の風景」と言えるジオラマは持っておりませんが、雰囲気の似た地鉄風モジュールやかつての加越線車両が保存されている「小川南病院」のジオラマを繋ぎ合わせ、運転を行いました。

 

 

 

 

 

 

 

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「真実一路」の加越線・・・ある元駅員のお話 [ああ、加越線]

去る6月15日・16日に開催された、加越能鉄道加越線のOBさんたちによる「同窓会」。
私はこの2日間、あるOBの方にずっと付き添う形で同行させていただいておりました。
今回はその方から聞いたお話を、少しだけご紹介いたします。


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元駅員のSさん(左)、庄川町出身。今年で84歳。
彼は戦時中、海軍の飛行機乗りとして勉強するために茨城へ来ていたことがあったそうです。(予科練の事ではないかと思われ)

「茨城に加越線の汽車がいるって聞いて驚いた。私も17歳くらいの時にこの近くに来ていたんだ。不思議な縁を感じる。」

その後、昭和21年末に加越能鉄道へ入社。当初は車掌をやってほしいと言われていたそうですが、結局は昭和44年に加越線を離れるまでの23年間、ずっと駅で勤務しておられたそうです。

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加越線・40年目の「同窓会」(7)鉄だけじゃない、楽しい茨城 [ああ、加越線]

去る6月15日、16日に行われた加越能鉄道加越線のOBさんたちによる「同窓会」。

鉄道ネタについての記事は終わりましたが、折角なのでそれ以外に訪問した場所のスナップもご紹介いたします。

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15日、茨城へ向かう途中に横川SAで昼食。 ここで昼食となれば、食べるのはもちろん「峠の釜めし」。

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横川SA上り線名物、キハ58のカットモデル。

マニアにとっては突っ込みどころの多いこの展示も、OBの皆さんにはとても好評でした。

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翌16日、朝一番に訪れたのはひたちなか市湊本町にある「那珂湊おさかな市場」

震災の津波被害に遭いながらも復活を遂げ、新鮮な魚介類や茨城の名産を元気に販売しています。

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加越線・40年目の「同窓会」(6)廃線跡の今を辿る [ああ、加越線]

6月16日、かつての同僚・元加越線のキハ162号との対面を終えた私たちは、再びバスに乗り込みました。
走ること数分、7年前に廃線となった鹿島鉄道・常陸小川駅に到着です。

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かつては鹿島鉄道の数少ない有人駅だった常陸小川駅は、駅舎も解体されバス停だけが残る状態になっています。

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かつて「カバさん」の愛称で親しまれたディーゼル機関車・DD901号が静態保存されていた貨物側線跡は綺麗に舗装され、貨物倉庫だけがその名残を留めていました。

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かつての駅前商店。 バス化されて、お客さんは減ってしまったのでしょうか?

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ここからは観光バスを降りて路線バスへ。なぜわざわざバスを乗り換えるのかといいますと・・・
このバスに乗っていれば、ここから石岡駅までの廃線跡がどうなっているのか知ることができるからです。

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